アンティークドアーの発掘 その2
前述の1972年型ベンツトラックは数年前にカンヌ支店長フランシス・ルフェーブルが見つけてきた頑固な中古車で2人乗りだ。
貨物室は7m3あるので遠路クルーズにはまあまあ間に合っている。この老体は普通の人(つまりパワステしか知らない人)
には決して運転出来ないクルマで発進時にはぶっ壊れているとしか思えないほどハンドルが重いのだ。
30年以上前のフランス人の腕っ節に呆れながら、それを動かしているオレも凄いのだといつもへとへとになりながら飛ばすことになっている。
プロヴァンスの山道は蓼科から諏訪に抜ける道に似ていて、または興津から身延山までの国道52号線にそっくりで、いや四万十川を溯る川沿いの小道に・・・・・・つまり見慣れた風景で壮快だ。
道筋にあるワイナリーに"2007年コート・ド・プロヴァンス金賞受賞"なんて看板が出ていたのでハンドル切って道なりに入り込んで行き5㍑20ユーローの箱酒を買った。
早く帰って冷蔵庫で冷やしたい・・という誘惑に駆られたが、それを振り切って目的地の扉屋に向かったのだった。
その扉屋を紹介してくれたのは旧知のブロカンターでフレデリック(通称フレッド)だが、自分の商売上の仕入先を教えて構わないのかと言う質問には答えず、「お前だから言っておくけどあそこの親父には敵わないぞ」と忠告してくれた。
しかし、売り込む訳じゃない、お金出して買うのだからこっちが客だという安易な気持ちは乗り込んで行ってから完全に叩き潰されることになった。
体格はリノベンチェラでロバード・デ・ニーロ似の親父は「いらっしゃいませ」の代わりに「俺はこの商売を35年前からやっているんだ、おかしなことを言うとこの村から叩きだすぞ」と吐いた。
「おい爺い、俺もニッポンからやってきたバイヤーだ、いい加減な値段を付けるんじゃねーぞ」と睨み返した。
といきたかったが実際そうはいかなかった。村の中心地である広場をぐるりと囲む一帯がこの親父の縄張りらしく、建物の奥にぎっしりを詰め込まれている重厚かつ肉厚の木扉は、今まで見たことのないボリュームだったのだ。はやる気持ちを平に抑えて「ワタシ、ジャポンから来ました、早く見せてチョウーダイ」と思わず上ずってしまったワタシでした。続く!
(2007/05/15)